高島市針江・霜降の水辺景観

―高島市針江・霜降の水辺景観―
たかしましはりえ・しもふりのみずべけいかん

滋賀県高島市
重要文化的景観 2010年選定


 滋賀県、琵琶湖の西岸に位置する高島市は、安曇川(あどがわ)の河口に形成された三角州を中心に発展してきた町である。その三角州の北側に広がる針江地区一帯は、安曇川水系の地下水が豊富に湧き出す水に恵まれた地域であり、古くよりその湧水を利用した稲作が盛んに行われてきた。また針江地区に住む人々は、自宅の敷地内にカバタ(川端)と呼ばれる水利システムを築き、積極的に湧水を生活に利用してきた。カバタから流れ出た水は、網の目のように張り巡らされた水路を介して集落を潤し、その後は針江大川に注いで琵琶湖へ至る。この連続した湧水の流れは、生水(しょうず)の里と呼ばれる独自の水辺景観を作り出し、豊かな文化と生態系を育んでいる。




湧き水が豊富に溢れ出る正傳寺(しょうでんじ)

 針江地区の歴史は相当に古いもので、針江浜沖の湖底から発見された針江浜遺跡の発掘調査により、弥生時代には既にこの地に人が住まい、稲作を行っていた事が判明している。また、現在のカバタのような水利施設の跡も発見されており、弥生時代の人々は、湧水が自噴する場所に家を建て、その水を利用していた事が分かっている。中世の頃には、延暦寺の荘園として大規模な水田開発が行われ、また近世になると、さらに湿地帯が埋め立てられ、そこもまた耕作地として利用されるようになったという。現在も針江地域では、地域一帯から湧き出る豊かな水を生活用水や農業用水として利用しており、水は貴重な生活資源として人々に恵みを与えている。




焼き板が印象的な針江集落の町並み

 針江は歴史のある地域なだけに、集落内の町並みもまた昔からのものが残されている。家屋の壁板には、雪などの湿気に晒されても腐りにくく、通気性にも優れている焼き板が用いられ、また外側に露出する柱や梁に塗られたベンガラも、木材の腐食の防止と、害虫予防の効果があるという。そのような伝統的な工法に基づく家屋が並ぶ針江集落の路地脇には、必ず大なり小なりの水路が通されており、絶える事の無い水の音が生水の里ならではの風情を醸し出している。それらの水路を流れる水は、集落内の各家庭に設けられたカバタの井戸から湧いたものであり、たとえ雨の降らない日が続いても、その水の量は安定していて淀む事が無いという。




代表的な針江のカバタ

 カバタは主屋の内部にある内カバタと、主屋の外に設けられた離れにある外カバタとに分けられる。どちらも、大きなハタイケ(端池)の中に小さなツボイケ(壷池)が据えられるという構成で、このうちハタイケにはコイなど比較的大型の淡水魚が飼われている。地下25メートル前後の水脈から湧き出た水は、まずツボイケに蓄えられ、そこから溢れた水が、ハタイケへと流れる仕組みだ。ツボイケに溜められた水は飲料用に用いられ、また野菜や果物などを冷やすのにも使われている。驚くべきはハタイケの利用法で、家の人はこのハタイケに料理で出た野菜カスや、食事に使った食器や鍋を沈めて魚に食べさせる事で、生ゴミを処理するのである。




水路に咲いたバイカモの花

 カバタの井戸の掘削は、現在では機械により鉄管を打ち込んで行うが、かつては「こんぼり」と呼ばれる工法で掘られていた。「こんぼり」とは「根気良く掘る」という言葉から来たもので、その名の通り、人力の掘削機で少しずつ掘り進め、集落の地下20メートル程の所を通っている地下水脈に達した後、竹の管を差し込むというものだ。湧き出る水量は場所によってまちまちで、場所によっては井戸を掘らずとも水が湧き出している所もあり、そのような場所には社が置かれ、水神が祀られている。水路やそれらが集まる針江大川には、琵琶湖から遡ってきたアユやビワマス、ハリヨなどの淡水魚が生息しており、清流でしか育たないバイカモなどといった水草も見る事ができる。




針江大川河口付近の風景

 針江集落を出た針江大川は、水田の広がる田園地帯を抜けた後に琵琶湖へ出る。その河口付近は湿地帯となっており、葦や野ウルシなどの植物が群生して魚類も豊富で、カイツブリなどの水鳥が生息しているという。このように、針江地区における湧水は、カバタを利用した人の生活形態のみならず、針江大川やその沿岸の生態系などとも一体化した、水辺景観を作り出している。しかし、針江のカバタが有名になるまでは、カバタはほとんど利用されておらず、水路や針江大川にゴミが捨てられる事もあったという。その価値が見直された現在では、ほぼすべての家がカバタを復活させ、端池において洗剤の使用も禁止となり、清掃などの維持管理もしっかり行われるようになった。

2010年08月訪問




【アクセス】

JR湖西線「新旭駅」より徒歩約15分。

【拝観情報】

私有地にあるカバタの見学は、ガイドツアー(要予約)への参加が必要。

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