三内丸山遺跡

―三内丸山遺跡―
さんないまるやまいせき

青森県青森市
特別史跡 1997年指定


 青森県、沖館川沿いの台地上にある三内丸山遺跡は、江戸時代よりその存在を知られていた遺跡である。1992年、遺跡の場所に野球場建設計画が持ち上がり、そのための大規模な発掘調査が行われた。それにより膨大な量の縄文時代前期から中期の遺構や遺物が出土、そこがかつてない規模の縄文集落跡であることが判明した。ただちに野球場建設計画は中止、三内丸山遺跡として保存されることになった。




想定復元された大型掘立柱建造物(左)および大型竪穴住宅(右)

 保護の対象となっている面積はおおよそ35ヘクタール。縄文時代の遺構のみならず、平安時代や中世の遺構も含まれる複合遺跡である。縄文時代の遺構としては、竪穴住居跡、掘立柱建物跡、墓地、道路跡、ゴミ捨て場として使われていた盛土、同じくゴミ捨て場であった泥炭層の谷などがある。




集落跡には茅葺住居、土葺住居、樹皮葺住居が想定復元されている

 三内丸山遺跡では550棟以上もの竪穴住居跡が確認されている。また通常の竪穴式住居の他、最大で横幅32m、奥行き10mにもなる大型竪穴建造物跡も10棟あまり見つかった。それら大型の竪穴建造物は、共同作業所や集会所などとして使われていたと考えられている。




柱の根の部分が残る大型掘立柱建造物跡

 竪穴住居跡以外にも、高床式の倉庫とみられる掘立柱建造物の跡が発見され、さらに直径約2mの柱が4.2m間隔で3本2列に配されている巨大な掘立柱建造物の跡も見つかっている。この大型掘立柱建造物の使用用途は、祭殿といった宗教施設、物見櫓、見張り台、天文観測施設など様々な説があり定まってはいない。




土器の中に入れられ埋葬された子どもの墓地

 墓地は大人のものと子どものものとで分けられており、埋葬の方法もそれぞれ異なっていた。大人の遺体は円形もしくは楕円形に掘られた穴の中に埋葬され、中には環状配石が見られるものもある。一方、子どもの遺体は土器に納められ埋められていた。土器の底には丸い穴がうがっており、それより生活に使う土器とは明確に区別されたものであった事が分かる。




重要文化財の十字型板状土偶レプリカ

 三内丸山遺跡の出土品は、通常の遺跡で出土される土器や石器だけでなく、骨製品、木製品、編物など、多湿の地では残りにくい有機物の製品も多くある。それらは日本の縄文文化を解明する上で極めて重要とされ、1992年から1994年にかけて発掘された1958点の出土品が2003年重要文化財に一括指定された。

2007年10月訪問




【アクセス】

青い森鉄道線「青森駅」より青森市営バス「運転免許センター行き」で約30分、「三内丸山遺跡バス停」下車、すぐ。

【拝観情報】

拝観無料。

拝観時間は6月〜9月が9時〜18時(入場は17時30分まで)、10月〜5月が9時〜17時(入場は16時30分まで)、年末年始(12月30日〜1月1日)は休館。

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