大湯環状列石

―大湯環状列石―
おおゆかんじょうれっせき

秋田県鹿角市
特別史跡 1956年指定


 十和田湖の南に位置する大湯環状列石は、河川が浸食してできた舌状台地の先端付近で発見された大規模な縄文遺跡である。その年代はおおよそ4000年前、縄文時代後期とされ、環状列石の名の通り、そこには二つの環状列石、いわゆるストーンサークルをはじめとした数多くの遺構が発掘されている。出土物も多く、縄文時代の祭祀習慣について知ることができる貴重な遺跡とされ、特別史跡に指定されている。




野中堂環状列。内帯、外帯の二重の列石が見られる

 大湯環状列石に存在する環状列石は二つ。国道103号線を挟んで東を野中堂環状列石、西を万座環状列石と言う。その直径は野中堂が約44m、万座が約52mであり、どちらの環状列石も中心に石組を配し、その周囲を内帯、外帯と呼ばれる二重の環状列石で囲う構成となっている。なお、列石に使われている石のほとんどは石英閃緑ひん岩という川石であり、東に7〜8kmほどいったところにある安久谷川から運んだものと考えられている。




万座環状列石。輪のように並ぶ列石は、実は組石の集合体

 実はこれらの環状列石は、石を円形や方形に並べた小さな配石群の集合体である。どちらの環状列石も、100基を超える配石遺構が密集して円を成しており、それぞれの配石の下からは副葬品を伴う墓穴が発見されていることから、この環状列石は墓の集合体、すなわち集団墓地であるとされる。なお、全ての配石が環状を成しているというわけでもなく、環状列石の外側にもいくつか列石遺構が点在している。




野中堂環状列の日時計状組石

 どちらの環状列石も、内帯と外帯の間には細長い石を放射状に並べ、その中心に立石を据えた日時計状の配石が組まれている。これは環状列石中心より北西に作られており、その中心と環状列石中心を結んだ延長線上は、夏至の日の入りの位置に一致する。また、野中堂環状列石の中心部から万座環状列石を結んだその延長線上も夏至の日の入りの位置と一致しており、これらのことから環状列石は天体観測や太陽信仰などと関係するという説もある。




万座環状列石では列石の外側に掘立柱建物が復元されている

 環状列石のさらに外側からは、環状列石を囲むように掘立柱建物の跡が発見されている。これらは葬祭の儀式に関係した施設ではないかと考えられている。また、土偶、キノコ型や動物型の土製品、石棒や石刀といった、祭祀に使われていた土器製品、石器製品も数多く出土していることから、大湯環状列石は葬祭や先祖、自然への祭祀を行う祈りの場であったと考えられている。




万座環状列石の周辺に独立して存在する配石群

 大湯環状列石は昭和6(1931)年、耕地整備中に発見された。ただし本格的な発掘調査が行われ、二つの環状列石がその姿を現したのは昭和17(1942)年のことだ。その間、結構な量の石が持ち出されたと言う。戦後の昭和21(1946)年には秋田県教育委員会によって再び発掘が行われ、その際朝日新聞が出資、報道したことで大湯環状列石の名は全国に知られるようになった。発掘作業は現在もなお続けられており、全ての調査が終わるのは早くても平成29年であるという。

2008年10月訪問




【アクセス】

JR花輪線「鹿角花輪駅」より秋北バス「大湯温泉行き」で約30分、「環状列石前バス停」下車すぐ。

JR花輪線「十和田南駅」より徒歩約60分。

【拝観情報】

拝観自由。

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