延暦寺根本中堂

―延暦寺根本中堂―
えんりゃくじこんぽんちゅうどう

滋賀県大津市
国宝 1953年指定


 京の都、その北東にそびえる比叡山は、古くより人々に崇められてきた信仰の山である。平安時代、伝教大師最澄(さいちょう)は延暦寺の元となる庵を比叡山に建立し、天台宗を創始した。以降、延暦寺は天台宗の総本山として、また平安京の鬼門(陰陽道において北東は鬼が出入りする方角として忌み嫌われる)を封じる国家守護の寺院として、皇室や貴族などから崇敬を受け繁栄した。延暦寺根本中堂は、比叡山全域を境内とする延暦寺の中で、まさに根本を担う総本堂である。現在のものは織田信長による比叡山焼き討ちの後、江戸時代初期に建てられたものであるが、天台様式と呼ばれるその建物は、密教建築の基本形を表すものとして貴重であり、国宝に指定されている。




根本中堂の屋根を回廊の外側から望む

 延暦4年(785年)に東大寺にて具足戒(ぐそくかい、僧侶が守るべき戒律)を受けた若き最澄は、延暦7年(788年)に一乗止観院(いちじょうしかんいん)という庵を比叡山に建て、そこで修行を行った。その建物こそ、延暦寺根本中堂のルーツである。その後の延暦23年(804年)、最澄は弘法大師空海らと共に唐へ渡り、中国三大霊山の一つである天台山にて天台教学や禅、密教などについて学ぶ。帰国後は、それらの教えを弟子たちに説き、延暦寺はまるで仏教の総合大学のような存在となった。その為もあってか、延暦寺からは慈覚大師円仁(えんにん)や智証大師円珍(えんちん)を始め、法然(ほうねん)や親鸞(しんらん)、栄西(えいさい)といった、後に各宗派を開く名僧たちが数多く輩出されている。




根本中堂への入口正面
これより内部は撮影禁止である

 そうして発展した延暦寺は膨大な財力を蓄え、また僧侶は武装して僧兵となり、朝廷や幕府にも抵抗しうる一大勢力となった。権力者の施政に不満があると、僧兵たちは延暦寺の守護神、大山咋神(おおやまくいのかみ)を祀る日吉大社の神輿を担いで上京し、御所などに乱入して自らの言い分を通させる強訴(ごうそ)も度々行った。しかし戦国時代、浅井長政(あざいながまさ)、朝倉義景(あさくらよしかげ)の連合軍に加担していた延暦寺は織田信長と対立、武装解除通告にも従わない延暦寺に信長は業を煮やし、元亀2年(1571年)、ついに信長は比叡山へと攻め込んだ。この戦いにより延暦寺の僧侶はことごとく殺害され、広大な伽藍も焼き払われ、延暦寺は灰燼に帰した。




根本中堂を取り囲む回廊(重要文化財)

 現在の根本中堂が建てられたのは江戸時代前期。徳川家のブレーンであった天台宗の僧侶、南光坊天海(なんこうぼうてんかい)の進言により、三代将軍徳川家光が再建したものだ。それは寛永11年(1634年)より造営が開始され、寛永17年(1640年)にはほぼ完成、翌々年の寛永19年(1642年)に竣工を見た。その規模は桁行11間(約38m)、梁間6間(約24m)、高さ約24mと非常に巨大なものであり、これは国内の歴史的木造建造物では東大寺大仏殿、金剛峯寺不動堂に次ぐ第三位の大きさであるという。建材は全てケヤキであり、屋根は一重の入母屋造、瓦棒銅板で葺かれている。根本中堂の左右から回廊が伸びて周囲を巡り、その内側には中庭が設けられている。




根本中堂と同じ東塔地区にある戒壇院(重要文化財)

 根本中堂の内部は内陣と中陣、そして外陣の三層に分かれている。内陣は本尊が安置される場であり、中陣と外陣は参拝者が祈りを捧げる場だ。外陣、中陣はいずれも板敷きで、中陣の方が一段高い。中陣より格子の仕切りを経た内陣は、中陣よりも床が3mほど低く、石敷きの土間となっている。その上に須弥壇が乗り、そこに最澄が一刀三礼(一刀下ろすごとに三回礼をする事)によって刻んだとの伝承が残る、秘仏の薬師如来立像を納めた厨子が鎮座している。内陣の土間が低いのは、中陣にいる参拝者の目線と本尊の高さを同じにするためであり、これは仏教の「仏凡一如(仏も人もひとつ)」という教えを表しているのだという。このような形式の仏堂を天台様式と言う。




西塔地区の中心である転法輪堂(重要文化財)

 広大な境内を持つ延暦寺は、主に東塔(とうどう)、西塔(さいとう)、横川(よかわ)の三地区からなる。中でも根本中堂のある東塔は延暦寺の中心地であり、数多くの堂宇が建ち並び、特に戒壇院と大講堂は重要文化財に指定されている。なお、旧大講堂は1956年に火災で焼失している。現在のものは寛永11年(1634年)建立の坂本東照宮讃仏堂を1964年に移築したものだ。西塔では焼き討ち後に豊臣秀吉が園城寺(三井寺)から移築させた転法輪堂を始め、同じ形の堂が対称に並ぶ常行堂と法華堂、唯一信長の焼き討ちから逃れた建造物である瑠璃堂などが残り、いずれも重要文化財に指定されている。また比叡山の東山麓に位置する坂本には、延暦寺とゆかりの深い日吉大社が鎮座し、周囲には隠居した延暦寺の僧侶たちが住む里坊群が存在している。

2007年09月訪問




【アクセス】

JR湖西線「比叡山坂本駅」から「ケーブル坂本駅」まで徒歩約25分、「ケーブル坂本駅」から「延暦寺駅」までケーブルカーで約10分、「延暦寺駅」から「延暦寺」まで徒歩約10分。

叡山電鉄叡山本線「八瀬比叡山口駅」から「ケーブル八瀬駅」まですぐ、「ケーブル八瀬駅」から「ケーブル比叡駅」までケーブルカーで約10分、「ケーブル比叡駅」から「比叡山頂駅」までロープウェイで約3分、「比叡山頂駅」から「延暦寺」まで徒歩約30分。またはシャトルバスで約5分、「延暦寺バスセンターバス停」下車すぐ。

「京都駅」から京阪バス57系統「比叡山頂」行きで約75分、「延暦寺バスセンターバス停」下車すぐ。

【拝観情報】

拝観料550円。
拝観時間は3月〜11月が8時30分〜16時30分、12月が9時〜16時30分、1月〜2月が9時〜16時30分。

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